この記事では岡山県井原市にある縣主神社に訪問した記録をまとめています。
縣主神社を参拝

岡山県の井原に宿泊したので、近くにある縣主神社を参拝しました。

井原市木之子町の小高い山の上に鎮座する神社です。

鳥居をくぐると階段が続いています。

鳥居のしめ縄の先が蛇になっていました。蛇を信仰しているのでしょうか。

16時ごろ着いたので西の太陽に向かって階段を登っていきます。

階段を登ると眺めがいいです。

拝殿には茅の輪があります。中では地元の方が集まって夏の怪談イベントをやってました。

中には祭神の鴨別命の絵がありました。

備中神楽のカラフルな絵が飾られていました。

本殿の屋根には鬼瓦が目を光らせています。

応神天皇を祀る八幡神社にも蛇のしめ縄が。木彫りの蛇も。やはり蛇信仰なのか?
鴨別命とは?
鴨別命は桃太郎伝説で有名な吉備津彦の子孫で、笠岡市の由来となった人物です。歴史書を詳しく見てみましょう。

創建された時期は不詳ですが、第21代雄略天皇の時代(推定5世紀後半)と言われており、伝承では鴨別命が県守としてこの地に住んだので、その徳を慕って県守大明神としたと伝わっています。

『日本書紀』の神功皇后摂政前紀に鴨別命に関する記載があります。吉備鴨別は吉備臣の祖先で、熊襲国討伐に派遣されたとあります。

また、応神天皇22年9月条には、応神天皇が吉備国を分割して吉備臣祖の御友別(みともわけ)の3人の子を領主とし、鴨別は「波区芸県」(はくぎのあがた:比定地未詳)の領主に任命されたとあります。

加佐米山は現在応神山と呼ばれる
『新撰姓氏録』右京皇別 笠朝臣条では、応神天皇が吉備を訪れ、加佐米山に登った時に風が吹いて笠が吹き飛ばされたが、これを鴨別命が大猟の前兆であると進言し、そのようになったので「賀佐」の名を鴨別に下賜したといわれています。
このように、『日本書紀』神功皇后紀では鴨別を吉備臣の祖とし、応神天皇紀では笠臣の祖としていることがわかります。

井原市の南部には笠岡市があります。地名の由来は、「笠臣氏」に由来するとされており、鴨別命の子孫が南部は勢力を拡大していったことがわかりますね。
ミシュランのラーメン笠北へ
早めの夜ご飯で笠北へ!
笠岡の北にあるからでしょうか。鴨別命に参拝した後なのでおいしさが倍増しそうです!

ミシュランの中華そばは見た目が芸術的なだけでなく、スープが深い味わいで最高でした!

17時に入ったら並ばずにすみましたが、自分たちの後の2人の時点で売り切れに…危なかった!
鴨別命の先祖の吉備津彦の記事は↓