古代史好きな28歳サラリーマンのブログ

古代史(特に縄文、弥生、古墳時代)が大好きなサラリーマンが全国を旅した発見を書き連ねます。

ざっくりドイツ ルネサンスとルターの宗教改革

前回の記事では、ハプスブルク家神聖ローマ皇帝に君臨すると皇帝の権力が安定した時代となったことをまとめました。

 

14世紀になるとイタリアを中心にヨーロッパにルネサンスが起こります。

ルネサンス期に作られた有名は建造物の一つが、現在のバチカン市国にある「サン・ピエトロ大聖堂」ではないでしょうか。

 

サン・ピエトロ大聖堂の建造が発端となってドイツを中心に大きな改革が起きていくことになります。

ローマ教皇サン・ピエトロ大聖堂を作るために多額の資金を必要としていました。

そこで教皇は贖宥状(しょくゆうじょう)を購入すれば犯した罪が消えると宣伝しキリスト教徒に販売します。 

贖宥状に対して異論を唱えたのがマルティン・ルターでした。ルターは「贖宥状は無駄であり、神の救済はお金を寄付する行為でなく、神を信じることで得られるものである」と教会を批判したのです。

 

その後ルターはキリスト教の聖書を民衆が正しく理解できるようにラテン語で書かれていた聖書をドイツ語に翻訳し一般民衆に読ませました。

 

ルターの活躍により神聖ローマ帝国の中にはルターの考えを支持する人が増え、ローマ教皇を支持する人と対立が生まれるようになっていきます。 

神聖ローマ帝国の内部で起きたカトリック派とルター派の戦争の結果、アウクスブルクの和議が結ばれます。

 

アウクスブルクの和議の結果、異端とされていたルター派が認められ、領邦君主は信仰する宗派を決められる、民衆は領邦君主が定めた宗派を信仰する、とされました。