丹後半島から久美浜へ移動
丹後半島を満喫したので、宿泊地である「リゾーピア久美浜」へ向かいます。
丹後半島の西側。付け根の部分。
久美浜は人口11000人の町でしたが、2004年の市町村合併により京丹後市となったそうです。
久美浜湾から徒歩5分にある久美浜小学校。16世紀の天正の頃、足利氏が滅亡した時にここを治めていた一色氏に代わって細川氏が久美浜を治める事になったとあります。
リゾーピア久美浜へ宿泊
宿はリゾーピア久美浜に宿泊しました。受付、食事も日本人の方が丁寧におもてなしいただきました。素敵な宿でした😌
白いか、甘エビが丹後産です!
丹後は松葉蟹が有名なのですが11月~3月までらしくまた来たい!!
秋は松茸が食べられるそうです😲
久美浜町木下酒造の純米吟醸無濾過生原酒 「アイスブレーカー」 キンキンに冷えてやがるぜ〜!
北海道からきて、丹後で北海道のビールを飲む男…
ソラチ初めて飲みましたが美味しい!!
生まれて初めて松坂牛なるものを食べました。
なんという贅沢…😂
塊なのにステーキみたいに固くない。
松坂牛のおいしさとは柔らかさなんでしょうか?!
ロビーに京丹後7姫の展示が!!
羽衣天女って笑笑
一人だけ名前ちゃうやん!
とツッコミを入れたくなりました😂
食後部屋でくつろぎながらホテルの周辺マップを見ていると、、近くにとっても気になる神社があるではありませんか。
パワースポット磐座があり、『鬼滅の刃』で炭治郎が鱗滝さんとの修行の中で切った岩のモデルになったと言われる神社があるだと…いくしかない。明日5時に起きていこう!!
鬼滅の刃の聖地 神谷太刀宮へ
7:30の朝食に間に合うために気合いで5:30に起床!ホテルから神谷太刀宮まで車で20分🚗
祭神:
八千矛神(神谷神社)
丹波道主命(太刀宮)
天神玉命(アマノカミタマノミコト)
天種子命(アマノタネコノミコト)
元々は別の由来をもつ神谷神社と太刀宮神社が合祀され一つになった。延喜式神名帳にも記録されている由緒深い神社。四道将軍、丹波道主命を近畿で唯一祀っている。丹波道主命が身につけていたという宝剣【国見の剣】をお祀りしてあることから【太刀宮】と呼ばれています。
久美浜の由来は神谷太刀宮の宝剣?
なんと、国見の剣(くにみのつるぎ)」は諸説ある「久美浜」の地名由来のひとつだそうです!!
クニミノハマ→クニミハマ→クミハマ!!
難しい地名ですが、由来を知れば一発で覚えられそうですね!
丹波道主命(タニハノミチヌシノミコト)については古事記、日本書紀の崇神天皇の時代に登場する四道将軍の一人で、丹羽国(丹後、但馬、丹波)を平定した人物です。その後久美浜にとどまり、熊野(このあたりは昔熊野郡とよばれていた)の豪族の娘、丹羽河上麻須郎女(タニハカワカミマスノイラツメ)をめとり五人の娘をもうけたそうです。
神社の案内より
古事記より作成
五人の娘のうち、日葉酢姫(ヒバスヒメ)は11代垂仁天皇の皇后となる方です。垂仁天皇とヒバスヒメの子、景行天皇はヤマトタケルの父です。
すごいお方の神社にたどり着いてしまった…
これも何かのご縁だと思い丁寧に参拝🙏
出雲地方に多く見られる大社造(タイシャヅクリ)この地方では他にないらしいです。タニハ平定の際に丹波道主命が出雲の神を祀ってこの地に神社を建てたそうです。
太刀宮の神が国見の剣で切った岩があります。
炭治郎が切った岩を発見
つづいて、神谷太刀宮の北側にある磐座に向かいます。
たしかに炭治郎が切った岩のように一つの巨石が盾に刀で切られたようにも見える。
切った岩の間は人間が一人入れるくらいの幅があります。なんとこの切れ目は完全に北を指しており、直線上の夜空には北極星が輝くのだそうです。
時計や包囲磁石もない時代、縄文文化を営んでいた人々が太陽や星の運行をみて季節を知り、生活に活かしていた事を体感することができました。
石の右側から覗くと直線上にはかぶと山という久美浜のシンボル的な山が見えます。神聖な山であった事が伺えます。
岩の上にも山がつづいており、古墳なのではないかと思わされます。まさか、タニハミチヌシノカミが埋葬がされていたり…?
宮内庁は丹羽道主命の陵墓として兵庫県丹波篠山市にある雲部車塚古墳(くもべくるまづかこふん)を指定しています。築造は5世紀中頃なので時代合わないですよね…
久美浜湾から望むかぶと山。
現地に行くから発見がある。そのために仕事も頑張る。朝からパワーをもらった久美浜でした。
丹後半島編⑦へ つづく
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