古代史好きな28歳サラリーマンのブログ

古代史(特に縄文、弥生、古墳時代)が大好きなサラリーマンが全国を旅した発見を書き連ねます。

ヨーロッパ人の起源

YouTubeにヨーロッパ人の起源に関してわかりやすくまとめた動画がありました。

 

ヨーロッパ人、特にゲルマン人ケルト人、スラヴ人のルーツについて理解しやすかったので文字に起こしてまとめてみました。

狩猟採集民の時代

5万年前アフリカを出た人類は基底ユーラシア系統とメインユーラシア系統に別れました。

 

4万年前になるとメインユーラシア系統は3つに分かれます。ヨーロッパに行った集団、シベリアを経由で東へ行った集団、海岸線に沿って東へ行った集団でしょう。

4.5万年前のヨーロッパではネアンデルタール人が多くいましたが、3.9万年前にイタリアで起きた火山噴火に伴う寒冷化によりネアンデルタール人は数を減らしたようです。

そこに中東から西ユーラシア系統の狩猟採集民の第一波がバルカン半島へやってくるわけです。彼らが残した文化をオーリニャックと呼びます。

3.3万年前には最終氷期最盛期と呼ばれる厳しい寒冷化に見舞われたロシア方面から西ユーラシア系統の狩猟採集民第二波がやってきます。彼らはグラベッドという文化を営みながら第一波を追いやり、ヨーロッパ全域へ広がっていきます。

西ユーラシア系統の人々は黒い瞳、褐色の肌、黒い髪を持っていたと考えられています。

2.5万年前には進出していた古代北ユーラシア系統のアフォントヴァゴーラ遺跡から1.6万年前の金髪の個体が発見されました。

彼らの一部は西方へ移動してヨーロッパに金髪をもたらす東ヨーロッパ狩猟採集民となります。

1.9万年前ヨーロッパから消滅したと思われた第一派の狩猟採集集団がイベリアでマグダレニアン文化を形成し、最終氷期最盛期で衰退したグラベッド文化に置き換わる形で中央ヨーロッパへ進出していきます。

マグダレニアン文化が拡大し始めた頃、グラベッド文化を継続していたイタリアのリバリ・ヴィラブルナ遺跡で発見された1.4万年前の狩猟採集民が黒い髪、褐色の肌、青い目を持っていたことがわかりました。

このような人々は西ヨーロッパ狩猟採集民と呼ばれマグダレニアン文化を吸収しヨーロッパ全域に拡大していきました。

 

アナトリア農耕民のヨーロッパ進出

8500年前になると古代北ユーラシア系統、西ユーラシア系統、基底ユーラシア系統の混合によって形成されたアナトリア農耕民が現れ、人口の増加に伴いヨーロッパへ進出していきます。

アナトリア農耕民は黒い髪、明るい肌、茶色の目の組み合わせを持っていたと推定されています。

ヨーロッパに進出した農耕民はヨーロッパ初期農耕民と呼ばれ、地中海沿いとバルカン半島の2つの経路から広がり7500年前にはヨーロッパ中央まで到達しました。

ゲルマン人のルーツ?スカンジナビア狩猟採集民

1.1万年前頃北ドイツから西ヨーロッパ狩猟採集民がスカンジナビア半島へ進出し、東ヨーロッパ狩猟採集民が氷床を迂回するルートでスカンジナビア半島へ移動します。

古代北ユーラシア系統を受け継ぐ東ヨーロッパ狩猟民(金色の髪、明るい肌、明るい茶色の目)が西ヨーロッパ狩猟採集民(黒い髪、褐色の肌、青い目)と混合したことを示唆しています。

この結果、8000年前スカンジナビア狩猟採集民という集団が形成されました。

スウェーデンのモタラ遺跡からはヨーロッパ最古となる明るい肌、青い目、金髪を持つ7700年前のスカンジナビア狩猟採集民が発見されています。

 

ステップ地帯遊牧民

5000年前にカスピ海草原では、東ヨーロッパ狩猟採集民、西ユーラシア系統コーカサス狩猟採集民、基底ユーラシア系統イラン農耕民との混合によって「ステップ地帯遊牧民」が形成されます。

ステップ地帯遊牧民馬の家畜化と荷車の開発によって広大な地域に広がり、ヤムナ文化を形成しヨーロッパへ広がっていきます。

 

ケルト人の形成

5000年前のヨーロッパはペスト流行で人口が激減しており、ステップ地帯遊牧民は短期間でヨーロッパ全域に拡大していきます。

ステップ地帯遊牧民は高身長、明るい肌、黒や茶色の髪、茶色の目が多く、中には青い目の個体も見つかっています。

西ヨーロッパ狩猟採集民、ステップ地帯遊牧民、ヨーロッパ初期農耕民が混合してケルト人となります。

ステップ地帯遊牧民インド・ヨーロッパ語族と推測されており、その言語は今日の主なヨーロッパ言語の起源になったと考えられています。

 

ゲルマン人の形成

5200年前ヨーロッパ初期農耕民がスカンジナビア狩猟採集民と混合があります。

さらに4800年前ステップ地帯遊牧民との混合も進み、ゲルマン人(明るい肌、金髪や茶色の髪、青い目)が形成されます。

ゲルマン人ケルト人を圧迫しながらヨーロッパへ広がり、ケルト人との混合が進んでいきます。

4世紀に騎馬民族フン族がヨーロッパへ進出するとゲルマン人西ローマ帝国東ローマ帝国へ移住し混合が進み、今日のヨーロッパ人の祖先となりました。

 

スラヴ人の形成

6000年前バルト海東岸の西ヨーロッパ狩猟採集民は東ヨーロッパ狩猟採集民との混合が増加し、明るい肌、青い目、金髪や茶色の髪が表れ始めました。

4800年前にはステップ地帯遊牧民との混合が増加し、3500年前にはフィンウゴル系民族との混合が増加していき、バルト人やスラヴ人、フィン人に受け継がれていきます。

 

まとめ

ヨーロッパでは多様な系統の集団が複雑に交雑した結果、明るい肌、青い目、金髪という特徴が形成されたことがわかりました。

明るい肌は高緯度地域の弱い日光からビタミンDを生成するために作られたと考えられています。

 

 

参考動画:ヨーロッパ人の混血の歴史~1万年前までは褐色の肌、黒い髪の組み合わせだったヨーロッパ人が何故今日、明るい肌、青い目、金髪なのか。ゲノム解析によって明らかになったヨーロッパ人の形成過程~