『呪術廻戦』に登場する特級呪霊「真人(まひと)」の元ネタについて考えてみたいと思います。
※15巻133話までのネタバレを含みます。
八色の姓における真人
684年(天武13)に天武天皇が制定した「八色の姓(やくさのかばね)」という制度の中に真人(まひと)が登場します。『日本書紀』より
天武天皇は従来の姓制度を改めて新たに8種類の爵位(しゃくい)を作りました。爵位は「天皇が臣下に授ける位」とする事で天皇の権力と天武天皇を助ける豪族の地位を高めたのです。
真人 まひと ・ 朝臣 あそみ ・ 宿禰 すくね ・ 忌寸 いみき ・ 道師 みちのし ・ 臣 おみ ・ 連 むらじ ・ 稲置 いなき の 八姓 はっせい を定めました。
天武天皇は自身を天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)としている事から真人は八色の姓の中でも天皇に相当する最も高い爵位である事がわかります。
『呪術廻戦』に真人を呪霊の頭に据えたとの説明がある事があり、真人という名前が呪霊の頂点という意味を表しています。
余談ですが、八色の姓の「朝臣(あそみ)」は武士の世になっても名誉ある爵位となっていきます。平安時代に天皇の血筋で武士の始まりである平氏、源氏に「朝臣」が与えられたためです。
泰平御代旗本大名屋敷之図
武士にとって「朝臣」を天皇から賜る事は名誉とされました。豊臣秀吉も自らの事を「豊臣朝臣」と名乗っていますから、戦国時代までその流れはあったようです。
真人の由来は道教か?
八色の姓の頂点として位置付けられる「真人」は中国の道教由来とする説があります。天武天皇が使用し始めたとされる「天皇」の称号が道教の天皇大帝に由来するため「真人」も同じではないかと考える説です。
老荘思想・道教では人間の理想像とされる存在や仙人を「真人」と呼ぶそうです。
万里の長城で有名な秦の始皇帝は朕に代わる一人称として、真理を悟ったとして「真人」を使用しています。
八色の姓の「道師」も道教用語と重なっている他、天武天皇の諡(おくりな)の「瀛真人」(おきのまひと)は道教における「瀛州」という海中の神山に住む仙人の高級者を意味するようです。
脅威のスピードで成長し魂の本質に辿り着いた真人は呪い、魂の真理を悟った人と言っても過言ではないかもしれませんね。
呪いはなぜ人間と戦うのか?
真人と虎杖の会話が印象的だったので最後に触れたいと思います。
虎杖悠仁は真人との戦いの中で人を傷つける理由について質問します。
対する眞人は虎杖が人を助けたいという気持ちから体が勝手に動いてしまうように、呪霊は何も考えずに人を殺してしまう(本能)と説明しています。
真人と虎杖の対立はグノーシス主義の禁欲主義の流れをくむマニ教やマンダ教の宗教思想に通ずるものがあると感じました。
人間の動物的な本能の赴くまま三代欲求や脳内麻薬ドーパミンに従って行動する事と人間の理性尊厳(大脳新皮質)による自制という対立に真人と虎杖の戦いが重なっています。
まとめ
・八色の姓における真人は天皇と天皇の末裔に与えられる最高の爵位である
・真人は道教における極地に達した人、理想像の意味がある
・真人は人間の欲望、虎杖は人間の理性に置き換えることができる
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