古代史好きな28歳サラリーマンのブログ

古代史、神話、医療に興味があるサラリーマンが全国を旅した発見を書き連ねます。

ざっくり中国神話 三皇五帝とは?

今回は中国神話についてざっくりまとめます。日本神話といえば『古事記』『日本書紀』のように教科書的な神話がありますが、中国にはこれが正解という神話がありません。

 

さまざまな資料に断片的に登場するため、資料によってストーリーや登場人物が異なることもあります。

 

神の時代から始まりやがて人間の世となり、中国の皇帝や易姓革命など中華思想と繋がっていきます。

盤古による天地開闢

天地がその姿かたちをなす前、全ては卵の中身のようにドロドロで、混沌としていた。(『太上妙始経』

その卵の中に、盤古(ばんこ)という巨人が生まれ、盤古が卵を破ったことで天地が分かれ始めた。

 

神が卵から生まれるのは朝鮮神話と同じですね。

天は1日に1丈ずつ高さを増し、地も同じように厚くなっていった。1万8千年の時が過ぎ、盤古も背丈が9万里の大巨人となり、計り知れない時が経った末に死んだ。  

 

盤古が死ぬと、その死体の頭は五岳(東岳泰山、北岳恒山、南岳衡山、西岳華山、中岳嵩山)に、その左目は太陽に、その右目は月に、その血液は海に、その毛髪は草木に、その涙が川に、その呼気が風に、その声が雷になった。

 

黄泉の国から帰還した伊弉諾(イザナギ)が禊をして右目からツクヨミ(月の神)、左目からアマテラス(太陽の神)が生まれたのと同じですね。

 

三皇五帝と人類の創造

次に現れたのが三皇五帝(さんこうごてい)という8人の帝王。三皇は神、五帝は聖人である。

伏羲(ふくぎ)

三皇の一人に挙げられる事が多い。姓は風。兄妹または夫婦と目される女媧(じょか)と共に、蛇身人首の姿で描かれることがある。文字を作った伝説や大洪水から生き残った唯一の人との伝説もある。

 

女媧 (じょか)

人間をつくった存在であるとされており、女媧が泥をこねてつくったものが人類のはじまりだと語られている。後漢時代に編された『風俗通義』によると、つくりはじめの頃に黄土をこねてていねいにつくった人間がのちの時代の貴人であり、やがて数を増やすため縄で泥を跳ね上げた飛沫から産まれた人間が凡庸な人であるとされている。

神農(しんのう)

人々に医療と農耕の術を教えたという。神農大帝と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。

毒と薬を見極めるために様々な薬草をテイスティングした結果亡くなったそうです。

しばしば牛のツノのようなものが頭に生えた姿で描かれるのが特徴です。

 

黄帝(こうてい)

古代中国の伝説上の君主。三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝とされる。彼以降の4人の五帝と、夏・殷・周・秦の始祖を初め数多くの諸侯が黄帝の子孫であるとされる。後世になると、中国の多くの姓氏が始祖を三代の帝王や諸侯としたので、現在も多くの漢民族黄帝を先祖に仰いでいる。

キングダムより

成蟜(せいきょう)が王の血筋以外を異常に差別していたのは、自らが黄帝の血筋でそれ以外は泥を跳ね上げた時にできた凡人だと教育を受けてきたからなのでしょう。

 

神農の子孫が国を治めていましたが徳がなく民が困窮していたのをみて神農の子孫を討ち、黄帝が「天子(てんし)」となりました。

 

地上(中華)を治めるのは天であるべき。天は実態を持たないが地上にいる徳の高い人間を選んで政治を行わせる。その人のことを天子(てんし)と呼ぶ。

聖徳太子が「日出でる処の天子」と名乗って激怒されたのはこのような背景があったのです。天子はこの世に一人なわけですので。

黄帝は医学を体系化した人物とも言われており、漢方医学の祖と呼ばれています。ユンケル皇帝液のモデルにもなっています。

 

堯(ぎょう)

五帝の中でも最も理想とされているのが堯です。儒家により神聖視され、聖人と崇められています。堯には丹朱と言う息子がいたが、堯は能力不足と判断して舜を跡継ぎとした事も評価されています。

 

舜(しゅん)

舜もまた黄河の洪水の氾濫を抑えるために治水事業を成功させた禹(う)という人物に帝の座を譲ります。

 

史記における三皇五帝

禹は「夏侯(かこう)」と名乗ったため夏王朝と呼びます。

 

中国の歴史書史記』をかいた司馬遷(しばせん)は三皇は信憑性がない『史記』に加えず、五帝から始まります。

 

しかし、後の唐の時代になって三皇のエピソードが追加されて「三皇五帝」となりました。