古代史好きな28歳サラリーマンのブログ

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那須与一の先祖は大彦命か?

前回は阿倍比羅夫大彦命の末裔であることをまとめました。源平合戦で活躍した源氏の弓の名手「那須与一」も大彦命の末裔であるという噂を調査してみました。

 

那須与一とは?

那須 与一(なす の よいち)は、源頼朝に仕えていた平安時代末期の御家人です。系図上は那須氏二代当主と伝えられています。

那須氏(なすし)は、下野国(現在の栃木県)那須郡を本貫とする一族で、治承・寿永の乱源義経軍に加わって屋島の戦いで活躍した那須与一が有名です。

 

那須与一系図

光る君へを元に作成

藤原北家の後裔(こうえい)を称し、系図によると藤原道長の6男・藤原長家の孫資家(貞信)を祖とし、元は須藤氏を称していたが、那須資隆(太郎)の時、那須氏を称したとされています。

 

吾妻鏡』に那須氏が登場するのは鎌倉時代初期の那須光資からであり、那須与一以前の系図や事跡・伝承には疑わしい部分もあり、出自はわかっていないようです。

 

一説には阿倍氏の一族で那須国造家である那須氏(姓は直)の後裔とする説もあります。

 

那須与一大彦命の末裔か?

物部氏による歴史書先代旧事本紀』「国造本紀」によれば、景行天皇(第12代天皇)の時代に建沼河命(第8代孝元天皇の孫)の孫の大臣命が初代那須国造に任命されたとあります。

大臣命が第12代景行天皇と同じ世代の人物だとすると3世紀〜4世紀の人物でしょうか。歴代天皇の誕生年は過去の記事を参照。

 

その後200年経った頃、那須国造が那須氏を名乗っていた事が『那須国造碑』からわかっています。

 

那須国造碑に記された那須氏の祖先

那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ、なすこくぞうひ)は、栃木県大田原市湯津上にある飛鳥時代の石碑です。

 

花崗岩に刻まれた文字から永昌元年(689年)、那須国造の那須直葦提が政府より評督(ひょうとう、こおりのみやつこ)に任命された事績を息子の意志麻呂らが700年に建立したものであることがわかります。

 

永昌元年己丑四月、飛鳥浄御原大宮に、那須国造で追大壹の那須直韋提は、評督を賜はれり。 歳は庚子に次る年の正月二壬子の日辰節に殄れり。故に意斯麻呂ら、碑銘を立て、偲びて尓か云ふ。 仰ぎ惟るに殞公は、廣氏の尊胤にして、国家の棟梁なり。一世之中に重ねて貳照せられ、一命之期に連ねて再甦せらる。砕骨挑髄するも、豈に前恩に報いん。 是を以て曾子の家に嬌子有ること无く、仲尼の門に罵者有ること无し。孝を行うの子、其の語を改めず。夏の尭の心を銘じて、神を澄まし乾を照らさむ。六月童子、意香しくして、坤を助けむ。 徒を作すこと之れ大にして、言を合わせ字に喩かにす。故に翼無くして長く飛び、根无くして更に固からむ。 訳文 永昌元年(689)四月、天武・持統天皇の治世で那須国造を務めた追大壱那須直韋提が、評督(評の長官)に任ぜられた。 その後、文武天皇四年(700)正月二日に亡くなった。そこで、意斯麻呂等が那須直韋提を偲んで、次のように銘文を刻む。 思い返してみると、亡くなった韋提は広氏の末裔であり、国家を支えた人物であった。一生の内に国造と評督に任ぜられるという二度の栄誉にあずかり、生涯を終えてもその業績は子孫に引き継がれた。粉骨砕身して、必ずや韋提の業績と恩に報いなければならない。 孝行の家門に驕る者はなく、孔子の門弟に罵る者はない。孝を重んじる韋提の子である我々は、その格言に背くことはない。孝で知られる堯の心を銘じ、心を澄まして父を顕彰しよう。孝の心ある子は、母を助けるものである。 立碑のために多くの者が集い、言葉を紡いで碑文を記す。我々の功績は、翼はなくとも広く知れ渡り、根はなくとも強固なものになるだろう、と。

 

7世紀末の時点で那須国造が那須氏を名乗っていたとすれば、藤原道長(966-)の末裔である話は後の時代に作られたことになりますね。

那須国造碑の周辺にある侍塚古墳の前方後円墳は考古学的に4世紀後半に築造されたとされており、『先代旧事本紀』の大臣命本人か子孫が埋葬されているのかもしれません。

那須国造碑の東側を流れる那珂川那珂川町那珂市ひたちなか市を通って大洗の那珂港へ流れ込みます。大彦命の末裔は太平洋から那珂川を遡って大田原市にやってきたのでしょうか。

 

 

まとめ

・『平家物語』に登場する那須与一は他の資料に記載がなく、藤原北家の末裔とする説もあるが、系譜は不明である。

・『先代旧事本紀』によれば那須国造は大彦命の末裔である。

・『那須国造碑』によれば7世紀末の那須国造は那須氏を名乗っていた可能性がある。

 

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