
この記事では『キングダム』の秦が滅びて、劉邦が漢を建国するまでをまとめます。
秦の滅亡
中国史上初めて天下統一を成し遂げた秦の始皇帝でしたが、始皇帝が没すると各地で反乱が起き、再び戦乱の世となりました。

始皇帝の死後たった3年余りで秦は滅亡(紀元前206年)したと知ったなら始皇帝は悲しむでしょう…

『キングダム』より
楚の後継者「項羽」とは

農民反乱は、またたくまに中国全土に広がっていき、やがては秦政府に不満を持つ王侯貴族、旧戦国七雄の6カ国の末裔も反乱に参加するようになります。

かつての楚の地からは、項梁(こうりょう)とその甥・項羽(こうう)が反乱に参加しています。項梁の父は、かつて秦の統一戦争で『キングダム』の主人公・李信(りしん)を撃破した楚の英雄・項燕(こうえん)です。
項梁(こうりょう)は秦軍との戦いで戦死しますが、項羽(こうう)は破竹の勢いで秦軍を破っていきます。
漢を建国した「劉邦」とは
項羽の他に秦滅亡に大きく貢献したのが劉邦(りゅうほう)という人物です。

劉邦は江蘇省北部の農家出身で高貴な家柄ではありませんでした。

沛県の亭長(亭とは当時一定距離ごとに置かれていた宿舎のこと)でしたが、反秦連合に参加し、秦の都咸陽を陥落させ、一時は関中を支配するようになります。

その後、項羽によって西方の漢中へ左遷され漢王となりますが、東進して項羽を討ち、前漢の初代皇帝として即位します。(紀元前202年)

項羽の最後は敵の漢軍に囲まれた際に、敵軍の中から故郷である楚の歌が聞こえてきたので、楚は劉邦に滅ぼされ多くの者が漢に降伏してしまい、自分を取り囲んでいる事を嘆いたといいます。

周囲からの助けがなく、孤立無援な状況を表す「四面楚歌」という言葉の由来になったといいます。